第二十五話 スパイ大作戦、郵便局を攻めろ
私の女房・まさ子の趣味は貯金だった。
長年、私の収入のすべてを彼女に任せていたからだろう。
私がパチンコや麻雀で大負けしなかった月は、現金がそれほど減らなかった。
そんな時、まさ子は私に余った金を渡さず、こっそりあちこちの銀行で定期をしていた。
私は極端な現金主義で、自分の財布にそこそこ現金が入っていれば満足だった。
今月いくら受け取ったかなんて計算もしない。だが、まさ子は違った。
通帳に入金し、きちんと残高を確認し、それを眺めるのが何よりの楽しみだった。
それは、彼女の貧しかった子供時代が影響しているのだろう。
幼い頃、まさ子はその日暮らしを強いられ、食べることにも困っていた。お金が好きなのではない。貧しさが家族の心を荒ませることを、心の底から嫌っていたのだ。
だからか、まさ子は大して贅沢などはしなかった。
その代わり、少しずつコツコツ貯めていたのだが、まるでリスがドングリを埋めて忘れてしまい、気づけば巨木になっていたかのように、そのお金は膨大な額になっていた。しかも、それをあちこちの銀行に分散させていたものだから、それを掘り起こすのは一苦労だった。
平成十二年頃だ。長女と北海道旅行に行ったまさ子は、たまたま郵便局に入金したのだが、その郵便局のオリジナルスタンプを押してもらったことをきっかけに知らない郵便局をまわって貯金するというものにハマってしまった。「旅」と「貯金」が一緒に味わえる、まさに彼女のためにあるような趣味であった。
二人で旅行に出かけた時は、タクシーを一日チャーターすることもあった。それこそ近くにある郵便局を片っ端から巡るのだ。一か所で入金するのは百円とか二百円。ところが、タクシー代は数万円もかかるのだから、趣味というのはつくづく不思議なものだ。
やがて、面倒になったのか一度に五千円とか一万円を入金するようになっていく。
息子たちが車で付き合ってくれる時は、さらに効率が良かった。カーナビで次の郵便局を検索しながら先回りして待っていてくれる。時には入金するお金が尽きてしまい、仕方なくコンビニで現金を下ろしてまで入金するという、なんとも奇妙なことまでしていた。
それでも、まさ子は楽しそうだった。行ったことのない郵便局を見つけるたびに、子供のように目を輝かせた。
カウンターで入金伝票を書く彼女の嬉しそうな横顔を見ると、こっちまで幸せな気分になったものだ。
郵便局巡りの日は時間がもったいないと言って、昼食は取らない。十六時の閉業までギリギリ郵便局を回り続けた。
そして、最後の局を巡り終わると決まって──
「あ~今日ももう終わりか~。じゃあ、ご飯でも食べようか」
と、いった具合である。
当然ながら郵便局は平日しか営業していない。サンネームが忙しい時期はとてもできなかったが、子育てが終わり、少し時間の余裕ができてからは、二人でよく郵便局巡りに行っていた。
私の人生の後半、まさ子とのデートは「平日に現金と通帳を握りしめてゆうちょに貯金に行く」になった。若い頃は「国会議事堂前でデモ」がデートだったことを考えると、全くいつになっても華やかさも色気もない。
でも、「こんな人生も面白いな」と、ふとしみじみ思うのだった。
郵便局で入金した後、次の局へ向かう道すがら、きれいな景色など目にも留めず、まさ子はさっき押してもらったスタンプと通帳の残高をニコニコと嬉しそうに眺めている。
その無邪気な顔を見て、なぜだかこっちまで嬉しくなり「これが幸せってやつなんだな」と、郵便局の窓口で入金しているまさ子を見ながら、しみじみ思うのだった。
とある年の六月のある日だった。有給が余っているという息子から声をかけられ、まさ子と三人で平日に空いている温泉にでも行こうという話になる。
行先は長野に決まった。すると、まさ子は開口一番
「できれば途中で郵便局に寄りたい!」
と言い出した。
それで旅は、息子の運転と携帯電話、カーナビ、そしてよくわからない電子機器を駆使しながら、昭和の人間には理解できない科学の力で、まるで鉄腕アトムでも連れて郵便局を巡るという珍道中になった。
こうして、まさ子にとって生涯最高記録となる郵便局巡りの旅が始まったのだった。
まず、中央自動車道の調布インターまでの道すがらの郵便局を全て制覇する。午前九時の郵便局開始と共にスタートだ。行ったことのある郵便局は全部スルーだ。皆さんは最寄り以外の郵便局に何度行ったことがあるだろうか。もちろん全国津々浦々あるが、面白い場所にも結構あるのである。また都内の郵便局は沢山あるが、駐車場がないという郵便局がほとんどだ。その時に生きるのが優秀な専任の運転手と携帯電話だ。
郵便局の前で私とまさ子を下ろした息子はそのまま走り去り、どこか郵便局の近くで停車できる場所で待機する。そして私がまさ子の入金の順番が来てゆうちょの窓口が通帳に判子を押すタイミングを見定めで運転手に電話をするのだ。
「いま、終わりそうだ オーバー」
「ラジャー、これより入口まで向かう」
と、まあ その様はまるでスパイ映画だ。
まさ子が通帳のスタンプのデザインを確認しながら郵便局の玄関から外に出ると丁度そこに息子の車が目の前に到着するといった次第だ。息子は待機中に次に近い郵便局をカーナビに入力しておき、出発後、迷わず最適な経路で次の郵便局に到着できる。といった具合なのである。
一行は調布インターまでの郵便局をほぼ制覇し、中央自動車道に乗って山梨を目指した。平日の昼間とあって、高速はまったく渋滞せず、一時間ほどで勝沼インターに到着。
ここから、武田信玄の行軍さながらに、甲府盆地縦断の旅が始まるのであった。
このときまで、まさ子は一つだけ勘違いをしていた。
普通の銀行は午後三時で閉まるため、ゆうちょ銀行の窓口も平日は十五時までと思い込んでいたのだ。
ちょうど勝沼郵便局で、まさ子が入金している最中のこと。
ふと営業時間の看板を見ると、「十六時まで」と書いてある。
「おい、息子よ。これはどういう意味だ?」
「やべ、郵便局って十六時まで入金できちゃうじゃん」
「うむ、これをまさ子に知られたら、昼飯がまた一時間先にずれるぞ」
こんな我々の憂いを他所に、まさ子は
「ねえ、見て見て。ここのスタンプ、ブドウのマークよ! 三時まで、あと何か所行けるかなあ。甲府盆地に郵便局って何軒あるのかしら?」
甲府盆地の全ての郵便局をまわるつもりかっ!
まさ子は営業時間の表示など目に入っていない様子で、押してもらった勝沼郵便局のブドウのスタンプを楽しそうに眺めているのであった。
そんなまさ子を見ながら私と息子は
「あぁ腹が減ったなあ…」
と、できれば十六時まで入金ができることに気が付かないでくれと、はかない希望を託していた。
しかし、十五時をちょうど過ぎたころになりまさ子は
「あれ?もう三時過ぎているのに郵便局開いているじゃない?」
と、ここで私と息子は仕方なしとばかりにまさ子に種明かしをする。もしかしたら、彼女もさすがに疲れて、
「今日はもうここまででいいわ」
と言ってくれるかもしれない──そう言ってくれ、頼む!
しかし我々の淡い期待を裏切るように、まさ子は満面の笑みを浮かべてこういうのだった。
「えーっ、四時までだったの? じゃあもっと回れるじゃない♪甲府本局まで行けるわ♪」
正に、ご満悦のご様子だ!
まさに我らが将軍様、頼もしくも恐るべしであった。
進軍に強い意志を見せる将軍に付き従う我々足軽二名も覚悟を決め、狙うは武田信玄のお膝元、甲府城の近くにある甲府本局に定めるのであった。
しかし、進軍は順調には進まない!
郵便局はそこらかしこに点在するため北に南にと、ジグザグな進軍でしか進めないのである。
さらに残り時間せまっている時、途中で洋風な外観を持つ郵便局を見かけてしまった!時間的制約から息子は泣く泣くスキップして、先の甲府本局に急いでいたのだが、その郵便局を通り過ぎて数分後のことであった。
「あのさ、今の郵便局に戻ってもらえる?見つけたおしゃれそうな郵便局に寄らずに素通りしたら、私一生、後悔しそう」
まさかの展開である。
一生後悔する可能性があるのならしょうがないのである。
車はタイヤを鳴らしてUターンをし、まさ子が寄りないと一生後悔するといった郵便局に戻るのだった。
私から見ると他の郵便局と同じに見えた。彼女には何か別の何かが見えていたのであろう。
幸運なことに、このまさ子が寄らないと一生後悔すると言っていた郵便局は空いていたので手続きもスムーズに進み、その日は最終目的地である甲府本局にも何とか時間内に滑り込むことが出来た。
甲府本局で無事に入金を完了することができた時、時計の針は十五時五十九分を指していた。
「あーすっきり、楽しかったー、あ、お財布にお金がなくなったからセブンイレブンを見つけたら寄ってくれる?ATMでお金を下ろすわ」
私と息子は「はぁはぁ」と息をつきながら、セブンイレブンを探す。
そこでまさ子は明日、郵便局に入金するための現ナマを別の銀行からたっぷり下ろすのであった。
「一体、なにやってんだオレたちは???」
と私と息子は顔を合わせ、頭の上で「?」がくるくる回っていたが、二人ともまさ子にはそんなことは口が裂けても言えず、そのまま一行は甲府昭和インターから高速に乗り一路長野の温泉に向けて爆走するのであった。

その日はおいしい長野の郷土料理に舌鼓み、温泉でゆっくり疲れを取り、そして翌日、まさ子はついに自己最高記録である『一日に五十六軒の郵便局で入金する』という前人未踏の大記録を更新するのである。
まさ子は大変満足げだったが、付き合った私と息子はへとへとになってしまい、通帳を眺めては嬉しそうにするまさ子を遠めに見ながら諏訪湖のほとりにある無料の足湯に浸かり、ひたすらぐったりするのであった。。。
さて、山本の葬式に行ったのが結局まさ子といった最後の佐渡になったが、この時もまさ子は郵便局に回るのをやめなかった。この時は山本が生きているときにはほとんど行ったことがなかった小佐渡を回ってみるのだった。一日タクシーを借り、それこそ佐渡には何十回も遊びに来ているのに初めてのところばっかりだった。そりゃそうだ。まさ子にとってはスタンプを押してもらったことがない郵便局のあるところは全て初めて扱いなのだから。
結局、この旅がまさ子と一緒に行った佐渡となるわけだが、この時の記憶はすっかりとゆうちょの通帳という形で残されている。
また、ある日は長男は職人だった私とは全く違う「学芸員」という職業で浦安市役所に勤めており、そこで千葉の多くの産業の調査や歴史などを調べる役職に就いていたのだが、サンネームとは全く職種が違うので、長男をサンネームに引き継がせようと思ったことはほとんどない。
そんな長男が詳しい千葉の地に、長男と次男と私たち夫婦で郵便局巡りにやってきた。
千葉は同じ関東で東京の隣である。しかし私たち夫婦にとっては佐渡よりも遠くほとんど初めての土地だった。また郵便局も非常に面白い場所にあるところが多くて大変楽しめた。また長男は千葉の調査を行っているため、ある意味非常に贅沢な旅となった。何しろ長男は全国放送のNHKで非常に人気の高いブラタモリの「千葉担当」なのだから。
まさ子は長男がブラタモリで解説員をやったことが本当にうれしかったようで、NHK出版が出しているブラタモリの浦安回が載った本を十冊以上購入し、知人にも配りまくっていたのだ。
この日も、スパイ大作戦の如く多くの郵便局を攻め、最後は野島埼灯台近くの小戸郵便局に滑り込みで入金をして時間となり、野島埼灯台の入り口近くにある磯料理やで豪勢な昼食を、午後四時過ぎという時間になってやっと食べれたのである。
このように郵便局はもはや敵陣であり、いかに攻略するかをまさ子以外は常に緊張感をもって探し辿らねばならず、スパイ大作戦の如く一歩間違えると我らがまさ子将軍のご機嫌を損ねかねないという危機感をもった旅が何年も続くのであった。
その都度、まさ子の通帳にはチャリンチャリンと私のこずかいが入金されていくのだが、それに気が付くにはもう何年も経たなければならないのである。
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