novel-17

第十七話 芸術のパワープレス

『指がないのは、やくざかプレス屋か』

 プレス機は危険な加工用機械である。金属を押しつぶす巨大な力を持った機械だ。
 ほんの一瞬の油断で、人の指や命さえ奪うことさえある。
 一瞬で振り下ろされるその一撃に、人の身体など骨ごときれいに潰されてしまう。

 昭和の時代、プレス加工に怪我は付き物だった。そんな我々職人にこんな風に言われる時代があった。

 私が創業した頃に限らず、昭和の製造業では怪我は日常的なもので『安全』などという概念は希薄で、機械に挟まれて指を欠損するプレス屋は後を絶たなかった。生産と怪我は常に紙一重だったのだ。

 私の左手の中指も先が少し欠けている。独立して生産が順調になった頃、作業場で鼻歌を歌いながら、その日もタンタンタンとリズムよく製品を作っていた。一瞬、商品がプレス機の中で詰まり、それを指で弾いた瞬間——無意識にフットペダルを踏んでしまった。

がしゃーん

 プレス機は私が足で指示した通りに容赦なく下りてきて、その瞬間、私の指の先端が砕け散った。

「うぁぁぁっ!!」

 鋼鉄よりはるかに脆い人間の骨など、プレス機にかかれば一瞬で砕け飛ぶのだ。
 不思議なことだが、自分の身体が欠ける瞬間、痛みよりも冷たい感覚が全身に広がる。今まであった場所に自分の肉体の一部がないことを確認し、溢れ出る自身の血潮で気も遠くなり身体が冷えるのかも知れない。
本当に痛みを感じるのは、そのあとだ。
 脳は、そこにあるはずのものが失われたことをすぐには理解できず、錯覚のような痛みをしつこく残し続ける。そして、しばらくの間は、大の大人でも、自分の身体の欠落に向き合いきれず、涙を流すのだ。

 私の叫び声に工場中の職人が手を止めた。

 機械を止め、駆け寄る彼らの顔は血の気が引いていた。赤く染まったタオル、慌ただしく準備される車、整形外科までの道のりで響くエンジン音——この頃は、数か月に1度はこのようにプレス機が一斉に静まりかえることがあった。それは誰かが怪我をした瞬間である。今でもプレス機の音が一斉に止まると、私の心臓も凍りつく。「次は誰だ」と血の気が引くのである。

 それでも仕事は止められなかった。生産性を落とせば工場は傾く。だから、安全は後回しにされた。

 これが昭和時代のプレス業の日常だったのである。

 プレス職人にとってプレス機は生活の糧を生み出す相棒みたいなものだ。しかし油断をすると牙をむいてくる。機械自体は恐ろしいのではない。無防備な人間が油断してその機械の前に立つことが恐ろしいのであった。

 しかし、安全を犠牲にして生産を続けることは、私には耐えがたかった。私は自分の無くなってしまった左中指を見ながら、安全装置の開発に乗り出すことを決意する。

 まずは作業員の手を感知して自動で停止する装置を考案した。当時最先端のセンサーを導入したが、精度は不安定だった。挿入すべき素材と、入れてはならない人間の指を区別できず、頻繁に誤作動を起こして機械を止めた。生産効率の悪さは致命的であった。

 次に考えたのは単純な指除けである。指が入ることが原因なら、指を通さなければよい。だが、加工素材は材料を無駄にしないようギリギリまで印刷がほどこされている。指除けが邪魔になり、製品を送り込めなくなった。
 そこでギリギリまで金型に指が近づけられるよう、指除けの材料を加工し曲線を持たせ、素材は指でしっかり抑えつけられながらもプレス個所まで指が届かないようにした。これはかなりいいアイデアだった。費用も安く、すぐに導入でき、かつ生産性も影響しない。私は有頂天になった。

 しかしプレス機が静まり返る瞬間はすぐに訪れてしまった。私が作った安全装置に油断しきった職人が、その隙間から手を奥に差し込み指を落としたのである。

「これではダメだ。安全とは言えない」

 私はこの事故以降、職人には油断するなと叱りつけ、その裏で毎晩、従業員が帰った後に試作を繰り返した。しかし、試作品は何度も失敗した。
 柔らかい指除けでは指が入る。固い素材にすると材料が傷つく。安全を追求すれば生産性が落ち、生産性を優先すれば安全が犠牲になる。この狭間で心が折れそうになった。
 安全は絶対であり、どんな人間の誤りも許さなように設計しなければならない。私は手を止めなかった。

 工場で夜、皆が帰った後、私はひとりで指除けをやすりで削り続けた。試作機を作っては取り付けて試し、ダメな箇所を直す。削りすぎたら、時間をかけた試作品はゴミ箱へ。
 これを何度も繰り返し、気づけば外が明るくなっていた。夏でも明け方は体を冷やし、冬の夜明けには指先の感覚がなくなった。
「この指を機械に挟んでフットペダルを踏んだら痛くないかもな」——そんな恐ろしいことを考えながらも、ひたすらやすりがけを続けた。

 立ち止まっている余裕はなかった。すぐに作らなければ、今日にも事故が起こるかもしれない。作業員の指が飛ぶ光景を二度と見たくなかったのである。

 こうして、私は苦労の末、ついに満足のいく指除けを完成させた。プレス機に螺子止めし、実際に製品を送り込んでみた。わざと指をプレス機の奥まで押し込んでみたが、私の指を見事に抑え込んだのである。『よしっ!』と私は小さく叫んだのを覚えている。
 材料が触れる部分にはやわらかいテープを巻き、製品が当たっても傷がつかないよう工夫もした。生産性を落とさず安全を確保し、製品まで守るこの私の作品は、どんな芸術作品よりも美しく見えた。
 この時完成した、自分のこの手で作り上げた指除けは、40年経った今でもそのまま使われており、毎日当社の職人の指を守り続けているのである。

 さて、こうして私が人知れず安全対策に苦悩していたときである。
 プレス機メーカーから新しい安全装置の情報が届いた。それは、両手でプレス機を同時に押さなければ作動しない『両手押し方式』のスイッチだった。
 片手では動作せず、必ず両手が機械の外にあることを保証する仕組みだ。

 送り抜き加工には使えないが、その当時普及し始めたサーボプレスのように、ゆっくりと高圧をかけられる新世代のプレス機には最適な機能だった。構造は単純でありながら、完璧だった。

「なんだ、こんな簡単な方法でいいじゃないか。なぜ今まで気が付かなかったんだ」
 まるで長年探し続けた答えが、突然目の前に現れたかのような感覚を覚えた。

 さらに、かつては誤動作を繰り返していたセンサーも、赤外線を使うことで正確に異物の挿入を検知し、瞬時に機械を停止できるものが登場した。
 私は迷わず、このセンサーも即座に購入することを決めた。
 そうか、安全に対して情熱を燃やして設計を続けていたのは私だけではなかったのだ。プレス機械の会社も情熱を込めてアイデアを出し合い、改良を続けてくれていた。それが嬉しかった。
 私はこれこそが、日本の製造業の強さだと思う。きっと小売製品を手にする消費者たちは、その製品が我々職人の指を潰しながら作られているなど思いもしないだろう。

 しかし、そんな誰も気にも留めないような小さな改善に情熱を注ぎ、真剣に取り組む人たちがいる。これこそが日本の『ものづくりの魂』なのだ。
 車や電化製品だけが日本のものづくりではないのだ。

 私は迷わず導入を決めたが、それで終わりではないところが大事だ。
 新たな安全装置が生産効率を下げないか、生産ラインの速度を細かく調整し、無駄な動作が発生しないように微調整を行った。プレス機のストロークを短くすることで生産性の問題は対処できる。しかし製品を機械にセットするまでの時間も重要だ。作業の手順ひとつひとつについても見直しを行った。製品の大きさによって、その置く位置、職人の身体の動かす角度や可動域は変わる。もし無駄な動きをしていた職人がいれば怒鳴りつけ、その都度無駄がないように適時調整することを職人に徹底した。

「金型を変える時は金型だけに集中せず、金型に入れる製品、自分の座る場所、完成品を収める場所まで気を配り、瞬時に判断し調整しろ」

 と指導した。

 当社の職人は今では黙っていても、この一連の作業を短時間で行える。これは生産に対する姿勢を徹底した成果だ。

 安全が保障されている中、機能美と合理性が融合し、滑らかに規則正しく押し出される製品。そして、それは職人の安全を守りながら存在する。
 こうして、磨きをかけた生産性と安全性を究極まで追い求めたプレス機はとても美しかった。

 現在当社で働く社員の全員の指は健常者であり、危険な作業に携わる当社の職人は自身が作業を開始する前には危ない個所、無駄な作業個所がぼんやりと浮かび上がって見えるとまでいうように成長した。これも私が厳しく指導した成果といえよう。

 最近では、本当の危険をまだ知らない小学生までも工場見学に来るようになったが、それを可能にしたのはこのように安全を徹底したからこそできたのである。

 鉄は鉄のままであり、人間は人間である。この二つが見事に融合し、リズムをもって物を生み出す。工場は悲鳴ではなく、笑い声が響く場所であるべきだ。それが私の理想だ。過剰な賛辞かもしれないが、鉄と人間が調和することで、それは『芸術』に昇華する。

 鉄は現代の人類にとって非常に身近な素材であり、安価に手に入るため、ついその価値を忘れてしまうが、どんな金銀や宝石よりも貴重で、何百年にもわたって私たち人類を支えてきた存在──それが鉄だ。

 そして、どうか忘れないでほしい。すべての鉄には、人間の『意志』と『魂』が刻まれているということを。

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