novel-09

第九話 結核と鮎と麻雀

 私に川柳、俳句、コーヒー、麻雀──そんなさまざまなことを教えてくれたのは、結核だった。

 と書くと、なんともおかしな話に聞こえるかもしれない。

 結核療養者は菌をばらまくおそれがあるため、厳重に隔離される。とはいえ、寝たきりになるほど重症になるケースは稀で、実際にはほとんどの者が元気なまま、ただ“暇”を持て余しているのだった。
 そのため、療養所内には図書館や娯楽施設が整えられているのが普通だった。
私は勉強は嫌いだったが、本を読むのは好きだったので、図書館の本を片っ端から読み漁った。けれど、さすがに興味を引く本も少なくなってきた。
 そんな中、当時十九歳だった私は、同じく入院していた年上の患者から麻雀を教わった。
 以来、この原始的でありながら奥深いゲームは、たちまち私を虜にしてしまった。

 結核からなんとか回復し、職場に復帰すると、ムサシ電機の社長──おやじさんは退院祝いをするでもなく、いきなりこう言った。

「尾上、なんだお前、麻雀ができるようになったのか。それは結核さまさまだな。がっはっは」

 大正生まれの人間は、こうも大胆なのである。

 そして私は退院した直後から「リハビリだ」という名目で、業務終了後に他の従業員と共に、おやじさんとおかみさんに連日夜遅くまで麻雀に付き合わされる羽目になった。

「尾上、ご愁傷様、まあ1年も遊んでたんだからしっかり付き合えよ。ははは」

 と、私は退社する先輩から同情とも思えるような視線で言われるのだった。

「いや、俺、遊んでたわけじゃないんだどなあ・・・」

 しかし、このおやじさんたちに無理やり付き合わされたおかげで、私の麻雀の腕はメキメキと上達することになる。おかげでこの先、接待麻雀をする際にも、女房や子供を泣かせるような大負けはしなくてすんだのだから、皮肉といえば皮肉である。

「尾上くん、あなたは相手の狙っている手を考えていないわ。場をよく見てごらんなさい」

「え?でも、自分の手を考えるので精いっぱいで・・・」

「姿勢がそんなに前のめりになったら、全体が見えなくなるわ。ほら背筋を伸ばしなさい」

 そう言ってくれたのは、おやじさんではなく、おかみさんだった。ひたすら大きな手を狙ってはロンされまくるおやじさんとは対照的に、守りに徹し、なかなか負けないおかみさん。私は彼女から多くを学んだ。

「ほら、この人が牌をこうやって途中に入れるってことはスーアンコウを狙いに来ているって証拠よ」

「余計なこというじゃねえ、ばかやろー、がっはっは」

 二人との麻雀はとにかく業務後の疲れた後だっただけに体力的には大変だったが、楽しくてよく笑ったのを覚えている。

 私の麻雀は、どちらかというと完全におかみさん流である。決して無理に振らず、大きな手を狙うこともせず、確実に小さく勝ちを拾っていく。

 決して派手ではないが、女房子供を泣かさないためには必要な技である。

 おやじさんはというと、しょっちゅう国士無双を狙っては場の皆にバレて大笑いされていたが、それでも懲りずに突っ込んでいく姿はある意味、立派でもあった。

 冬の間は、私がどんなに「今日は都合がありまして」と言おうと、おやじさんはお構いなしだった。ムサシ電機の事務所脇に置かれた雀卓に、私を容赦なく座らせる。

「半ちゃんだけですよ~、今日発売の人生手帖、すぐに読みたかったのになあ~」

 こんな毎日が過ぎていたが、毎年六月一日を境に、その麻雀のお誘いがぱったりと減るのだ。

 この日は川釣り好きには堪らない、待ちに待った鮎の解禁日だからである。

 解禁が近づくと、おやじさんは自分の鮎釣り道具を工場の資材置き場に持ち込み、ウキウキと準備を始める。これを見た私たち従業員は呆れて、こう言った。

「まったく、大正生まれってのは、仕事もしないで遊んでばっかりだな」

 まあ、こんな風に、大正生まれって奴は、ほんとにしょうがない人たちだと思っていたわけだ。
 ところが、後になって、私も解禁日前には鮎釣り道具を手入れし、解禁日には仕事を休んで静岡の天竜川まで鮎釣りに行くことを楽しみにするようになる。
 結局、大正生まれも昭和生まれも大して変わらないってことだな。

 私が鮎釣りにハマった原因はずばり、おやじさんだった。この頃に、おやじさんに無理やり誘われたことから始まったのである。

 日々、忙しく働く中で釣りなど一度もしたことがなく、正直なところ興味もなかった。けれど、おやじさんは仕事そっちのけで熱心で、

「尾上、釣りってやったことあるか?」

 と、おやじさんはいつものように気さくに声をかけてきた。

「いや、釣りはないですね…」

 と私が答えると、

「そりゃあ、いかん。じゃあ、明日、相模川に行くぞ!」

 と、おやじさんはこちらの都合などお構いなしに即決した。
 翌日、私は半ば強制的におやじさんの釣り道具の荷物運びとして、相模川のほとりに立っていた。
 水面を見つめ、ぼんやりとした気分で竿を握る。正直、最初はまったく気乗りしなかった。
 流れる川はただ静かで、退屈な時間が過ぎるばかり。
 しかし、おやじさんはまったく動じることなく、むしろそれを楽しんでいるようだった。

「尾上、釣りっていうのはだな。一見、暢気そう感じに見える。しかし相手は生きた魚が相手だ。焦らずにしっかり集中して竿を投げてみろ。釣りってのはな、じっくり待つもんだが、向上心がなければ魚は釣れねえ」

 私は半信半疑のまま、その言葉を信じて竿を握り続けた。しかし待てど暮らせど何も釣れない時間が過ぎていく。

「尾上、いろいろ針を入れる場所だったり角度だったり、自分の立つ位置だったりとかを変えてみろ。短期でいろいろチャレンジする奴の方が釣りっていうのは上手くなるもんだ。」

 と、おやじさんが言うが早いか、私の手に、ぴくん──と、竿先がかすかに揺れる感触が伝わった。

 次の瞬間、グンッ!と竿がしなる。私はびっくりして反射的に握り締めると、川の底へと引きずり込まれるような強烈な重みが伝わってきた。

「う、うわっ!?」

 思わず踏ん張る。全身に力を込め、必死で竿を支えた。水中につながる糸が水面を激しく波立たせた。私は無我夢中で竿を握りしめた。腕が痺れ、汗が吹き出す。だが、不思議と楽しかった。

「よし、そのまま引け!ゆっくりだぞ!」

 おやじさんの声が飛ぶ。やがて、銀色の背びれが水面に浮かび上がって来た。 その瞬間、私は心臓が爆発するほど興奮した。

「な、な、なんだ。で、でかい……!!」

 恐らくこの時、人生で初めて釣った魚は十センチあるか、ないかだったと思う。しかし水中から引きづり出した魚は、ずっしりとした重みと命の躍動を宿しているのを全身で感じたのだ。

 震える手で掴むと、まだ暴れる魚のぬめりと感触が、妙に心地よく思えた。

「おぉ、すごいじゃないヤマベだぞ。それ。ただ小さいなリリースしてやれ」

 おやじさんがにっこりと笑う。その顔は、まるで少年のように無邪気だった。私はその笑顔と、手の中で跳ねる魚の躍動に、胸が熱くなった。私はその魚を川に逃がすと、私の中で何かが弾けていた。

「おやじさん!もう一回!もう一匹だ!」

 竿を持つ手が震える。いや、震えているのは手ではない。心だった。もう一度竿を握り直し、大きく振って水面に投げ入れた。

──こうして私は、すっかり釣りの虜になったのだ。

 竿を握るたびに脳裏に蘇る、おやじさんのあの笑顔と、竿を力強く引っ張る魚の感触。
 あの日の興奮は、私の胸にずっと消えずに残り続け、私を川魚の魅力に導くのであった。

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