3-10-1. ヤスリとは?
金型の精密な最終調整や仕上げに用いられる。特に「感覚」と「力加減」を要求されるため、職人の腕前が如実に出る工程である。

3-10-2. ヤスリの種類と用途
ヤスリの種類 特徴 用途例
平ヤスリ 平面・広い面の削りに使用 プレートの面出し
丸ヤスリ 穴の内面や曲線部に対応 ボスや丸穴の調整
半丸ヤスリ 凸面・凹面の両方に使用可能 溝や凹みの整形
三角ヤスリ 隅の加工、鋭角部分の処理 コーナーのバリ取り
細工ヤスリ 精密仕上げに使用 表面の微調整、金型の合わせ面
ダイヤモンドヤスリ 硬い材料向け 焼入れ鋼や超硬など
3-10-3-1 ワークの固定方法
方法 特徴・注意点
万力(バイス)使用 最も基本的。鉄板などの平面は、開き過ぎず強く締めすぎず、変形を防ぐ。
ゴムパッド・アルミ板を挟む 硬い素材やデリケートな面に対して、傷防止・滑り止めとして有効。
木製治具や専用治具 特殊形状や滑りやすい素材には専用の木治具や3Dプリント固定具も有効。
高さ調整 万力の高さは作業者の「肘と同じ高さ」に調整するのが基本。
💡注意: 固定が甘いとヤスリの衝撃でワークが動き、ケガ・不良の原因になります。
3-10-3-2 作業姿勢の基本
立ち作業が基本:座って行うと力が入りにくく、角度調整が難しい。
足幅は肩幅程度:左右のバランスが取れ、腰に負担がかかりにくい。
重心は前足寄り:前傾姿勢で自然に体重がヤスリに乗るようにする。
肘はやや曲げる:腕を突っ張らず、スムーズに押し引きできるように。
背中はまっすぐに:長時間作業でも疲れにくく、視線が安定。
3-10-3-3 体重のかけ方とヤスリ操作の連動
操作 身体の使い方
押しヤスリ 前足にやや体重を乗せ、体ごと押すように前進。腕の力だけに頼らない。
引き戻し 後ろ足に少し重心を戻し、力を抜いて軽く引く。引きは基本「滑らせるだけ」。
横がけ(クロス) 両足の重心を均等にして、腰を軸に左右に体をひねる。背中が丸まらないよう注意。
精密仕上げ 体重ではなく「指先の感覚と接地音」で圧力調整。息を止めて集中する工程も多い。
ポイント:
「腕力で削る」よりも、「身体全体の重さと動きでヤスリを滑らせる」意識が重要です。熟練者ほど腕の力に頼りません。
3-10-3-4 初心者へのアドバイス
最初は**「削ろう」とせず、「触る」「なぞる」**くらいの気持ちで。
力を入れすぎると、ヤスリ目が詰まりやすく、表面が波打つ。
ヤスリを「押すときに削り、引くときは滑らせる」リズムを体で覚える。
ヤスリの音と感触を観察:スムーズな音ならOK。ガリガリ音は押し付け過ぎ。
3-10-4. 基本的なヤスリがけ技法
⬛ 3-10-4-1 押しヤスリ(最も基本)
押すときに力を入れ、引くときは力を抜く。
一方向にリズムよく動かすことで均一な仕上がりに。
⬛ 3-10-4-2 斜めがけ(45度)
面に対して斜めに当てることで目詰まり防止・均一な切削が可能。
精密な平面出しに有効。
⬛ 3-10-4-3 クロスヤスリがけ
直角方向の2方向から交差するようにヤスリがけ。
高精度な平面を出すときに使用。
⬛ 3-10-4-4 角部処理
三角・半丸ヤスリなどで角部を潰さずに削る。
過度な力を入れるとエッジが丸まるので要注意。
3-10-5. 熟練職人のコツ
テクニック 解説
音で判断 削るときの音で「削れている/滑っている」が分かる。
感触で判断 振動の変化や引っかかりで削れすぎ・バリの残りを検知。
ヤスリの目を変える 荒目→中目→細目の順に仕上げると美しく整う。
面の反りを読む 光を当てて「反射具合」で平面度を見る。
小指で温度チェック 熱を帯びると摩擦が強すぎる合図。
3-10-6. ヤスリ仕上げの工程例(金型合わせ部)
荒削り(#荒目ヤスリ):バリ取り、寸法調整
中仕上げ(#中目):平面出し、形状合わせ
仕上げ(#細目・#ダイヤヤスリ):光沢・密着面の加工
検査:すり合わせ・光透過・型合わせテスト
3-10-7. よくあるミスとその対処
症状 原因 対策
面が波打つ 力のムラ・一方向のみで削った クロスヤスリがけ+一定圧力で対応
ヤスリが滑る 目詰まり・油分の残り ワイヤーブラシで清掃+脱脂
エッジが潰れる 過剰な力・角度ミス 角部専用ヤスリを使用し、力を抜く
3-10-8. 次世代継承のための工夫
動画による実演記録:熟練者の動作・音・姿勢を記録
3Dシミュレーション:VRやCADで動作を再現する訓練教材
力加減の記録:トルクセンサー付きヤスリで数値化も可能
3-10-9. まとめ
ヤスリ作業は単なる「手作業」ではなく、身体全体を使った技術表現。
姿勢・固定・体重の使い方まで含めて継承すべき「暗黙知」。
これらを形式知化することで、若手・AI・ロボットへの技術移管も可能となる。