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1934年9月(昭和9年) 東京都世田谷区三軒茶屋の地で、父は昇、母はよしの9番目の子供として生を受ける。
1941年(昭和16年) 12月8日 太平洋戦争が勃発ー芳明7歳。
1942年(昭和17年) 父・昇の的屋家業を糧に三軒茶屋で生活を続ける。芳明8歳。
1943年(昭和18年) 母・よしにキセルで殴られる。芳明9歳。
1944年(昭和19年) 三軒茶屋が空襲で焼け野原になる。芳明10歳。
1945年(昭和20年)9月2日 太平洋戦争終戦。芳明11歳。三軒茶屋から野沢に家族ともども引っ越しして戦後の生活を始める。
1949年(昭和24年) 中学を卒業する。芳明15歳。
1950年(昭和25年) 有限会社ムサシ電機製作所(当時目黒区)に就職。芳明16歳。
1952年(昭和27年) 結核に感染。1年間静養する。芳明19歳。
1956年(昭和31年) 緑伸会に参加。芳明23歳。
1959年(昭和34年)9月18日 沼まさ子と結婚。芳明25歳。
1962年(昭和37年) 東京特殊印刷の専門プレス工場として独立。芳明28歳。同年12年勤めたムサシ電機を退社。
三軒茶屋の実家である長屋(東京都世田谷区野沢2丁目付近)で有限会社尾城製作所を営業開始。
河上工場長。城戸専務。まさ子経理部長の4名。
1964年(昭和39年) 長男誕生。
1967年(昭和42年) 世田谷区喜多見の地に土地を購入し木造工場を設立。
1968年(昭和43年) 次男が誕生。
1970年(昭和51年) 玉川民主商工会の副会長に就任。
1974年(昭和49年) 長女が誕生。
1974年(昭和49年) 玉川民主商工会の会長に就任
1991年(平成3年) 有限会社尾城製作所から株式会社サンネームとして新たに会社を設立。
1992年(平成4年) 木造工場から、鉄筋構造の工場に建て替え。
1997年(平成9年) 初孫が誕生。
2000年(平成12年) 工藤工場長が就任。アイデアを連発してヒット商品を生み出し、サンネーム史上最高の売り上げを達成
2002年(平成14年) サンネーム史上最大のヒット作、携帯電話のシート販売が始まる。この金型を搬入中に無理して背骨を骨折(当時67歳)
2005年(平成17年)5月 イチローの試合を見にシアトルに旅行。
2005年(平成17年)5月 シアトルからラスベガスに初上陸。
2009年(平成21年) マカオに初上陸。
2016年(平成28年) 韓国のパラダイスシティに初上陸。
2020年(令和2年) コロナショックが売上に大打撃を与える。助成金で何とかしのぐ。
2023年(令和5年) コロナが2類から5類に変わった瞬間にコロナに感染。
2023年(令和5年) 妻・まさ子が他界(享年84歳)
2024年(令和6年)初頭 玉川民商の生き字引である海老名氏が他界。享年70。
2024年(令和6年)春 韓国カジノで無理に遊んで腰が悪化
2024年(令和6年)9月 結核に感染。清瀬にある国立病院機構東京病院の結核隔離病院に強制収容される。
2024年末(令和6年)11月 国立病院機構東京病院を退院。
2024年末(令和6年)12月 結核が再発し国立病院機構東京病院に再入院。