炎群より転載
──尾上義秋
炎群創刊号 昭和三十年十一月十日発行
ここで、私が身を寄せて日本語、そして俳句の腕を磨くようになった『炎群俳句会』の創刊号の『創刊の言葉』を転載しよう。
『現在ほど多くの俳句誌があらわれているのは空前絶後のことといえるだろう。しかもそうした時にこんなささやかな私達の力がほとんど無に等しいことは私達自身がよく知っている。それなのに敢えて炎群創刊号を世に問わんとする。何故か。それは広い世界の中に私達若い世代の共通の広場となるべきものがないという、それだけの理由なのだ。俳句の世界は今全く混沌としている。すでに終末観も各所にあらわれている。そしてその事実を裏付ける二三の志向も実践に移されている。その一は十七音よりもはるかに長い形態であり、その二は詩へのいたづらな接近である。私達はそれらの立場は取らない。だからと言って私達には真新しい主義も主張もあるわけではない。文字通り裸なのだ。炎群という共通の広場で各自が自己の主体性を確立し、それぞれの方向へと舵を見出せば、それだけで十分なのだ。一人一人の生き方は最大限に尊重される。そして各自がやがては俳句の最後のあだ花を咲かせるだろう。古人の努力の歴史と、その世界は十分に私達を勇気づけてくれる。私達はいつも俳句の世界の片隅にあって、みんな炎のように燃え続けて行くだろう。それぞれの影を地に落としながら。
昭和三十年十一月一日
炎群俳句会』
爽やかに プレスの音の ひゞきけり
─プレス機の重厚な音が、「爽やかに」と詠まれたとき、それは単なる金属音ではなくなる。朝の澄んだ空気を震わせながら、働く者たちの生命のリズムを刻むものとなる。鋼を打ち抜くたび、誰かの未来が少しずつ形づくられていく。汗と労働のなかに、ふと立ち上る透明な希望。そんな光景を、言葉のかけらで切り取った、小さな奇跡である。
山奥の 小さき殻よ 蝸牛(かたつむり)
─広大な山の静けさの中に、ひっそりとたたずむ「蝸牛(かたつむり)」を見つめている。大地の懐に抱かれたその小さな殻は、まるで生の証のように、そっと輝いている。たとえどんなに小さくとも、たとえどんなに孤独でも、生命は美しく、尊い。そんな命の尊厳と、自然への深い敬意を、静かに語りかけてくる。
仕上工に なりて五年の 柿実る
─仕上工を志す五年間を、実りの秋に重ねて詠んでいる。苦労と試行錯誤の日々を越え、ようやく技を手にした自分。
その歩みを、秋に熟れた柿の実になぞらえた。
柿の重みが枝に伝わるように、積み重ねた時間と努力が、いま手のひらに静かに実っている。
そこには、誇りと、ほのかな寂しさ、そして次の季節への予感が、ひそやかに漂っている。
岸壁を 鮎竿せまく 並びけり
─川沿いの岸壁にずらりと並んだ鮎釣り師たちの情景を描いている。鮎竿が隙間なく並び立つ様子は、単なる釣りの光景を超えて、自然と人との静かな対話を思わせる。無言の連帯感と、ただひたすらに鮎を待つ時間──そこに漂う静けさと緊張感が、しみじみと胸に響く。
雨後の 陽をはねたる山の芋の露
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コスモスや 旋盤使子 指太し
─秋の柔らかな風に揺れるコスモスと、工場で働く**旋盤工の少女(使子)**という、まったく異なるイメージが並べられています。対比の妙が際立ち、非常に詩的です。
浮浪児へ 秋の雑踏 影長し
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夜業の灯人へどゞかぬ怒り吐く
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第二号 昭和三十一年一月十日発行
菊枯れて工場ビラのみ彩もてり
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今朝冬のモーター鈍き音発す
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秋草の中や釣師の道に出づ
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キヤタビラの噛むものは基地霜解けて
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枯草刈る農婦膝より老見せて
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行商の父ありて満つダンゴの香
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ヤスリ使うこと馴れてより病後の冬
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冬夕べ花屋の彩を持ちて帰る
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木枯やシグナル壊れ消えぬ赤
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体臭の如マシン油匂う?炭をつぐ
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古きフイゴに〆飾りして町工場
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白痴の娘路上に菊を書きては消す
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第三号 昭和三十一年三月十日発行
療舎の灯冬が昏れ来て輪を拡ぐ
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野の起伏陽は片側の雪崩す
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街燈の照らせるかぎり影もつ雪
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月冴えて遠岸の灯に汽笛伸ばす
─
新春の砂漠どこまで馬子の唄
玉あられ椿折るとき雫となる
冬の航フラッシュ海の暗きに消ゆ
鷹の眼光凍てし一夜の肉あたり
バイト磨く寒の火花を鮮明に
春燈や針目の粗き工衣の継
第四号 昭和三十一年五月十日発行
第五号 昭和三十一年七月十日発行
第七号 昭和三十三年一月一日発行
撮影所にて三句
秋の夜の作りし夜の街写さるる
残る火蛾女優かたまる癖ありて
第三十一号 昭和三十七年六月二十日発行
第三十二号 昭和三十七年八月二十日発行
第三十九号 昭和四十一年九月一日発行